読み物

『小倉百人一首』
あらかるた

【1】百人一首は江戸時代にブレイク


百人一首は江戸の常識

テレビドラマ「咲くやこの花」は、
百人一首に夢中になる江戸深川の町娘が主役でした。
古典落語には字の読めない人がよく出てきますが、
ドラマの町娘おこいちゃんは例外的なインテリだったのでしょうか。
いやいや、どうもそうではなかったようです。

江戸時代の川柳にこういうのがあります。
今川は父 百人一首母おしへ(柳多留)
今川を父親が教え、百人一首は母が教える。
「今川」は今川了俊という人が書いた『今川状』のことをいい、
習字の手本、道徳の教科書としてベストセラーになっていました。
そして母親が教えたのが小倉百人一首。
江戸時代の家庭教育で、ごくふつうに教えられていたようです。

百人一首は手習い(習字)の教材として人気があり、
寺子屋でも使われていました。
寺子屋はコンビニより数が多かったという話もありますから、
多くの子どもたちが百人一首の読み書きを習っていたことになります。

数年前のドラマ「寺子屋ゆめ指南」では、
子どもたちが思い思いに自学自習するシーンがあり、
近所のおかみさんたちが針仕事をしながらそれを見守っていました。
先生だけが教えていたのではなくて、
ふつうのおかみさんも手習いの指導をしていたのです。

おかみさんも子どものころ、
寺子屋や家庭で教わっていたのですね。
百人一首の定着ぶりがわかるお話です。


江戸の娯楽百人一首

かるた遊びは江戸時代に急速に普及しました。
量産が可能になり、かるたが安く手に入るようになったのです。

中には賭博かるたのように幕府から禁止されたものもありますが、
「百人一首かるた」は教育系。
「いろはかるた」などと並んで家庭でも親しまれ、
娯楽としても定着したのです。
遊びとしては主にお正月のものでした。
振袖で たびたび上の句をくづし

百人を 五六人して追廻はし
夢中になって遊んでいたようすがうかがわれる川柳です。
そのほかに、いかにも家庭の遊びらしい川柳もあります。
一息ついて和田の原 嫁はよみ
家族そろってかるた遊びをしていたのですね。
競技かるたでは作者の名前は読みませんが、
遊びではまず作者名を読み上げました。

読み手になったお嫁さんが
「ほっしょうじにゅうどうさきのかんぱくだじょうだいじーん
(法性寺入道前関白太政大臣)」と読んだところで一息つき、
間をおいて「わたのはらー」と歌を読み上げたのでしょう。

「わたのはら」の作者の名前は百人一首でいちばん長い。
川柳の読者がそれを知っていないと笑えないわけですから、
当時の人々は和歌と作者名をセットで覚えていたと思われます。
それくらい身近だったので、このような川柳も生まれました。
鶯の 初音はきかぬ小倉山

百人に かりはないよと定家卿
言われてみればそのとおり、百人一首には
ウグイスの歌も雁の歌もありませんね。
「かり」は「雁」と「借り」をかけたダジャレです。


家庭のかるた遊び

ドラマ「咲くやこの花」にあった
「大江戸かるた腕競べ」 というのは競技かるた。
家庭の遊びではありませんでした。
一般的にはどのような遊び方をしていたのでしょう。

人数が少なくても多くても遊べるのが「ちらし」。
100枚を適当にちらしておき、その周りをみんなで囲んで取り合います。
いちばん多く取った人が勝ちなので、
子どもでも初心者でもわかりやすいですね。

ふたつのチームに分かれる対抗戦を「源平合戦」といいます。
各チーム50枚の札を持ち、向かい合って取り合います。
相手の札を一枚取ったら自陣の札を一枚、相手に送ります。
早くなくなったチームが勝ちです。

ほかに絵札しか使わない「坊主めくり」もあります。
歌とは関係なく坊主が出るか姫が出るかの勝負なので、
もとは子どもだけの遊びだったようです。
昭和の中ごろまではよく行われていました。


百人一首は女のたしなみ

平和がつづいたこともあり、江戸時代は教育ブームでした。
教育ガイドブックや教科書が次々と出版され、
広く庶民の間で読まれていたのです。
男子向けのテキストには前編に出てきた『今川状』などが、
女子向けには小倉百人一首が推奨されていました。
常に見たまいて徳ある文は、百人一首、古今集、伊勢物語、源氏物語、
栄華物語、(中略)清少納言の枕草子の類を求め見たまうべし
(新撰女倭大学)
百人一首がオススメ本のトップになっています。
三十一文字(みそひともじ)ワンセットで学習できるので、
『伊勢』や『源氏』よりお手頃だったのでしょう。
さて、時代は下りますが、ここで福沢諭吉さんに登場してもらいましょう。
(女子の教育は)音楽はもちろん、茶の湯、生け花、和歌、俳句、書道や
絵のレッスンは、家計の許す限りしっかりおやりなさい。(中略)昔の歌
は素晴らしいけれども生活の役には立たない。それどころか浮かれて華や
かなだけで合理的でない。言葉は美しいが内容はみだらなものが多い。
習い事にお金をかけなさいとおっしゃっていたのに、
しだいに雲行きがあやしくなってきました。
福沢さんはさらにこうつづけます。
百人一首などは、意味も知らずに読んだり聞いたりしているならいいが、
もし歌の意味を知り、現代の言葉に訳してしまったら、フケツで聞くに堪
えないものになってしまうだろう。(新女大学)
福沢さんの攻撃はさらに続きますが、このあたりでやめておきます。
いろいろなご意見があるということで、うけたまわっておきましょう。

一部に反対意見はあったものの、江戸時代にかるた遊びやテキストによって
庶民に親しまれるようになった百人一首。
その後も身近な古典として愛されつづけています。
和歌のアンソロジーとして、これほど親しみやすいものはありません。
次回からは意味を知り、時代背景や作者の生涯も知って
豊饒な百人一首の世界を楽しんでいきましょう。